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神戸地方裁判所姫路支部 昭和43年(ワ)128号 判決 1970年1月29日

原告 下道清一

被告 斎明寺利男

主文

被告は原告に対し金四六万六六四円及びこれに対する昭和四三年五月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

「被告は原告に対し金五一万五六二円及びこれに対する昭和四三年五月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

第二、当事者双方の主張

一、原告の請求原因

(一)、原告は、昭和三四年一一月頃から被告に雇用されて被告の経営にかかる大衆浴場牡丹湯の釜炊きとして働き、昭和四三年二月末日限り退職したものである。

(二)、原告の賃金は、昭和四一年三月一三日から同四二年三月末日までは月額金二万九、〇〇〇円、同四二年四月一日から退職時までは月額金三万五、〇〇〇円であり、休日は毎月三日間、勤務時間は、大衆浴場の営業時間である午後三時から午後一二時までの九時間と定められていた。

右の午後三時から営業をなすためには、遅くとも午前一二時には釜炊きその他の準備を始める必要があり、また後始末のためには、終業后一時間三〇分を必要とするので、原告は毎日午前一二時から翌日午前一時三〇分まで勤務に服した。

即ち、原告は、イ、午前一二時から午後三時まで三時間の時間外勤務、ロ、午後三時から午後一二時まで正規の勤務時間内の勤務(うち午後一〇時から午後一二時まで二時間の深夜勤務)、ハ、午後一二時から翌日午前一時三〇分まで時間外の深夜勤務に就いていた。

したがつて、労働基準法の定めるところにより、被告は原告に対し、右時間外および深夜の各勤務に対しては、一時間当りの賃金額について二割五分の率で計算した時間外および深夜の各割増賃金を支払う義務がある。しかるに、被告は、大衆浴場の業態の特殊性から、原告の勤務が九時間を超えて長時間にわたり、また深夜に及ぶことを当然のこととし、このような勤務時間を考慮したうえ、原告との間に、賃金月額を約定したのであるから、前記賃金月額には、時間外および深夜の各勤務に対する割増賃金を含んでいるものとなし、これを理由に、右割増賃金を支払わない。しかし、被告の主張するような労働時間および賃金の約定は、労働基準法一三条により、同法一五条、三二条、三七条に違反する限度において無効であり、前記賃金月額は拘束九時間、実働八時間の労働に対する賃金に修正されたものとなる。

そこで、原告は別紙計算書(一)のとおり右の賃金月額を基礎として一時間当りの賃金額ならびに時間外および深夜の各勤務の割増賃金を算出したうえ、被告に対し昭和四一年三月一三日から昭和四三年二月二九日までの時間外および深夜の各割増賃金として金五一万五六二円およびこれに対する弁済期経過后である昭和四三年五月二二日(本件訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二、被告の答弁

(一)、請求原因(一)の事実は認める。

(二)、請求原因(二)の事実について。原告主張の各時期における原告の賃金月額、一カ月当りの休日の数、浴場の営業時間がいずれも原告主張のとおりであつたことは認める。浴場の釜炊きの労務は、湯沸かし、湯温の調節、風呂場の清掃等の各用務を内容とし、右の各用務によつて、営業時間中風呂場を浴客の入浴に適する状態におくことを目的としているのであるから、右の各用務に要する時間が結局釜炊きの労働時間であり、したがつて原告主張のごとく営業時間のみを労働時間であるとなすべきものではない。被告は原告を、浴場の営業時間中営業するのに必要な前記釜炊きとしての各用務(浴場の整理清掃などを含む。)を、その労務内容として雇傭し、原告もこれを了承していたものである。被告の浴場は重油バーナー式の釜であるから、原告が営業時間外に稼働した時間は多くみても二時間前后であり、原告主張のごとく長時間にわたることはない。しかも、湯沸しの用務が終わると、それ以後終業時までには、僅か数分を要する湯温の調節の用務が数回あるのみで、そのほかは全く休憩時間に等しいものである。

(三)、本件賃金の約定においては、基本給と時間外および深夜の各割増賃金とを区分して定められることなく、右掲記の賃金全部を含め一括して定められているものである。従つて右賃金の約定は労働基準法所定の基準に達しない労働条件を含み、その部分が法律上無効であることは、被告としても認めざるを得ないが、浴場営業の性質からみると、釜炊きの労働時間が前記のごとくなるのは不可避であるから、原告の前記賃金月額は、労働基準法三二条所定の労働時間のみに対応して約定されたものではなく、右労働時間を含む原告実働の全労働時間に対応して約定されたものであり、したがつて同条違反の労働時間につき、全く賃金の約定がなされていないものではない。ちなみに、現在被告が昭和四三年四月から雇傭している釜炊きの訴外津田又市の賃金明細は左のとおりである。(ただし、労働時間は被告と同一である。)

本給     金一万八、七〇〇円

時間外手当  金二、四九六円

深夜手当   金九、四三四円

休日出勤手当 金一、三五〇円

合計     金三万二、〇〇〇円

第三、証拠<省略>

理由

一、原告は昭和三四年一一月頃から同四三年二月末日までの間被告に雇用されて、被告が経営する大衆浴場牡丹湯の釜炊きとして稼働したこと、原告は賃金として同四一年三月一三日から同四二年三月末日までは月額金二万九、〇〇〇円、同年四月一日から退職時までは月額金三万五、〇〇〇円を被告からそれぞれ支給され、休日は一カ月につき三日、右浴場の営業時間は午後三時から午後一二時までの間であったことはいずれも当事者間に争いがない。

二、(一) 原告の労務内容について

証人堀忠雄、同村上俊子の各証言、原、被告各本人尋問の結果によれば、一般に、大衆浴場の釜炊きの労務の内容は、浴場の営業時間内の釜炊きの用務のみにとどまらず、営業時間開始と同時に入浴を可能ならしめるように予め釜を炊きつけ湯を沸かすなどの営業開始前の準備的用務および整理清掃燃料の補填、湯船の掃除、水張りなどの営業終了後の用務を含んでいるのであって、稼働時間は営業時間内に限られることなく、前記営業開始前および終了後の各用務をなすに必要な時間にも及ぶのが常態であること、原告は昭和三四年一一月頃被告に雇用されたが、それ以前に他の浴場で釜炊きとして稼働した経験を有するので、前記のような釜炊きとしての労務内容の常態について、予め知らないものでもなかったこと、それゆえ原告は被告方浴場に出勤するや、重油を燃料とする湯沸装置に点火して営業開始時までに湯を沸かし、営業時間中は主として湯温の調整に当り、営業を終了し浴客が帰去した后は、洗い場を掃除し、水を湯船に張るなどして釜炊きの労務に従事していたものであって、その労務内容については、被告に格別の異議を申出た形跡の存しないこと、原告はかつて被告から解雇されたことがあり、そのため昭和三七年解雇無効の仮処分判決を得て復職したが、その際も、労務の内容は、従前と変わるところがなく、同一の約定であったことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。そうだとすれば、原、被告間で、原告は、被告方浴場において、その営業時間内のみでなく、更に、営業前の準備および営業后の整理清掃などをなすに必要な時間内も稼働し、いわゆる釜炊きとしての労務の一切を提供すべきことを約定していたことが認められる。

(二) 原告の稼働時間について

(1)、(イ)、原告は稼働開始の時刻を午前一二時頃と主張するが、原告本人尋問の結果のうち右主張事実に沿う部分は被告本人尋問の結果と比較して信用できない。

(ロ)、また証人堀忠雄、同村上俊子の各証言によれば、訴外村上俊子経営の浴場もまた被告経営のそれと同様に、燃料は重油を使用し、湯沸しには点火后約二時間四〇分を要することが窺われるが、被告方と前記村上方との各浴槽の規模、湯沸装置の性能等の異同については、これを肯認しうべき証拠がないので、右認定の事実をもってしても、原告主張のような稼働開始の時刻を認める資料となしがたく、そのほかに右原告主張のような稼働開始の時刻を認めるに足る証拠は存しない。

(ハ)、かえって被告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨を総合すれば、原告は通常午后一時頃に被告方に出勤して稼働を始め、午后一時三〇分頃に湯沸装置に点火すれば、三時までには湯を沸かして浴客を迎え、被告の営業を開始するのに支障のないことが認められる。したがって原告の稼働開始時刻は午后一時頃と認めるのが相当である。

(2)、次に、原告は稼働終了の時刻を翌日の午前一時三〇分頃と主張する。原、被告各本人尋問の結果によれば、営業終了后浴客が一人残らず被告方浴場から帰去するのは午后一二時三〇分頃から翌日の午前一時頃までの間であることが認められ、この事実に、原告が翌日の午前一時頃から前記(一)認定の作業に従事する事実を合わせ考察すれば、原告の稼働終了の時刻は原告主張のように翌日の午前一時三〇分頃であることが認められる。

(3)、前記(1)、(2)認定の事実に徴すると原告は被告との間で、通常は午后一時頃から翌日の午前一時三〇分頃までの間被告方浴場で稼働すること、すなわちその稼働時間を約一二時間三〇分となす旨約定していたことが認められる。ちなみに右時間中の原告の稼働状況をみるのに、営業時間内は、その用務が主として湯温の調節に限られているために、営業の開始前および終了后に比して若干のいわゆる手待時間のあることは十分に推測しうるところであるが、湯温を常時適温に保つほか、火災防止の必要上、原告は、その釜炊きの職場を自由に離脱することは許されないのであるから、被告の主張するように、手待時間が多いことから、営業時間内は労働時間でないものということはできない。そうだとすると、結局原告の前記稼働時間はすべて労働時間に当るものというのが相当である。

三、ところで、被告経営の浴場は、その業務の性質、態様からみて、労働基準法(以下単に法ともいう。)八条一四号に該当する事業と解せられるので、被告の被用者である原告の労働時間は、法四〇条、法施行規則二七条一項により、一日につき、九時間を限度としてその約定をなすべく、また休日については、法三五条により、週一回以上被用者に与えるべきことがそれぞれ法定されているところ、前記認定のとおり原告の労働時間は一二時間三〇分、休日は月三日の約定であるから、法三三条、三六条所定の手続を経たものでない限り(右手続が経由されていないことは弁論の全趣旨により認められる。)労働時間の約定は法四〇条、法施行規則二七条一項に、休日の約定は法三五条にそれぞれ違反するものであって、法一三条により、労働時間を一日九時間、休日を一週間につき一回とする内容に修正されるものと解すべきである。

とすれば原告が現実に稼働した時間のうち、法定の右九時間を超える三時間三〇分の部分は時間外労働となり、また午后一〇時以后の三時間三〇分の部分は深夜労働ということになる。右時間外労働および深夜労働は、法三三条、三六条所定の手続を経由していない違法な労働であるが、適法な時間外および深夜の各労働について法三七条一項に基づき、使用者に割増賃金の支払義務が存する以上、違法な時間外および深夜の各労働についても、より一層強い理由でその支払義務があるものというべく、したがって法三七条一項はかかる場合の労働に対しても割増賃金の支払義務を定めた法意であると解するのが相当である。

四、そこで、進んで被告の割増賃金支払義務の有無について検討を加える。

(イ)、まず、本件月額賃金の約定は割増賃金を含む趣旨と認めうるか、証人堀忠雄同村上俊子の各証言、原、被告各本人尋問の結果を総合すると、姫路市内の大衆浴場では一般に、釜炊きの賃金につき、その労務の対価として単純に一定の賃金額を定め、その際労働時間とか、法所定の割増賃金の支払について、なんらの顧慮もなされていなかったものであるところ、被告もまた右慣行に従って原告の賃金を約定し、原告にその賃金を支給するに際しても、基本給と割増賃金の内訳を明示していなかったことが認められるから、本件月額賃金のうちに、時間外労働等に対する割増賃金を含んでいるとは認めがたい。

(ロ)、原、被告間の労働時間の約定は前示したごとく法定の九時間に短縮され、右時間を超える部分は法律上無効となるが、この場合賃金は、労働時間の短縮により、減額されることなく、そのままの額で、法定の九時間に対応するものと解すべきであるか否かについて検討する。

一般に賃金は労働時間のみならず、労働の性質、種類、密度等の諸要素を考慮して決定されるので、一概に労働時間のみに対応して定められているとはいえない。したがって、労働の性質とか契約の趣旨等から時間給であることが明らかな場合は格別、それ以外は、労働時間が短縮されたとしても、賃金の部分については影響がないものと解するのが相当である。そこでこれを本件についてみるのに、原告の賃金は時間給ではなく月給であり、賃金額の決定に際しては、前記のごとく必ずしも労働時間が重要な要素となされていない事実に鑑みると、賃金額は、労働時間が九時間に修正されるのに比例して、減額されるものではないと云うべきである。そうすると原、被告間の契約は、労働時間を一日九時間、賃金月額は前記の金額(労働時間の短縮により減額されないもとの金額)とする契約として処理さるべきものである。

五、原告は昭和四一年三月一三日から同四三年二月二九日までの期間の時間外および深夜の各労働に対する割増賃金を請求するものであるところ、原告が現実に稼働した午后一時から翌日午前一時三〇分に及ぶ労働時間のうち、法定の労働時間(九時間)は、被告方浴場の営業時間(午后三時から午后一二時まで)に該当するものと認めるのが相当であるから、(イ)午后一時から午后三時までは時間外労働、(ロ)所定の労働時間のうち、午后一〇時から一二時までは深夜労働、(ハ)午后一二時から午前一時三〇分までは時間外および深夜の各労働ということになり、被告は原告に対し、右各労働に対する割増賃金を支払う義務のあることが明らかである。そこで法三七条、法施行規則一九条に従って、その額を算出するに、一日当りの割増賃金額は、基本給の一時間分をAとすれば、時間外、および深夜の各割増賃金は、右基本給の二割五分以上であるから、(イ)についてはA(1+0.25)×2、(ロ)についてはA×0.25×2、(ハ)についてはA(1+0.25+0.25)×1.5一日当りの割増賃金は(イ)+(ロ)+(ハ)=3.5A(1+0.25+0.25)であるから、昭和四一年三月一三日から同四三年二月二九日までの期間の割増賃金額は別紙計算書(二)のとおり合計金四六万六六四円となることが明らかである。したがって、被告は原告に対し右割増金四六万六六四円およびこれに対する弁済期経過後である昭和四三年五月二二日(本件訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

六、よって、原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九二条を適用し、仮執行宣言は相当でないから付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 西内辰樹 鈴木清子 宗方武)

(別紙省略)

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